鳩不足

主に自分語り用

ダニー・ボイル好きによる『イエスタデイ』感想

 『イエスタデイ』を見た。いや、見てないのかもしれない。ぶっちゃけ私はビートルズが1ミリもわからんので、本当にこの映画を見れたと言うべきかは微妙なところだ。作中に使われた楽曲の意味とか推し量れんし、興味がないから調べようって気も起らんし。結局めんどくせ~オタクだからさ~~~。そういう”周辺知識のなさ”を理由に触れられてない作品がいっぱいあって困る。

 じゃあなんで見たんだって話だが、監督が好きなので仕方ない。ダニー・ボイルについては1センチくらいは知っているつもりだ。なんせ小学生のころ金曜ロードショーでやっていた『ザ・ビーチ』を観て「いやな映画だなあ」と感想を抱いた時からの付き合いなもので。基本的に犯罪映画好きなんだよな。

 

 2020年に見た映画の感想を2022年に書くなよ。

 

※例の如くネタバレを多分に含みます。

 

目次

 

 

『イエスタデイ』とは 

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 主人公ジャックはディスカウントストアの店員。幼馴染でマネージャーのエリーに支えられながらミュージシャンとして活動しているが、全く売れずに夢を諦めかけていた。

 

 そんなある日、世界規模で12秒間の停電が発生。自転車に乗っていたジャックはバスに撥ねられ、昏睡状態に陥り入院する。目を覚ますと「ビートルズ」の存在しない世界になっていた。

 なぜかただ一人、停電前の世界の記憶があったジャックは、ビートルズの曲を自分が代わりに歌うことで成り上がろうとするのだった。

 

ダニー・ボイルという監督

 冒頭にも書いたが私はビートルズに興味がない。しかしダニー・ボイルには目がないわけで。「悪い状況にいる主人公が、更に悪い境遇に置かれるも、そこから抜け出し元に戻る」この展開こそが氏の映画の最大の特徴である。最悪こそ免れたものの、元通りになったところで何も解決はしてなくない??? という筋書きばかりだ。ハッピーエンドが嫌いなのかもしれない。

 

 例えば、代表作『トレインスポッティング』のあらすじはこうだ。

 主人公、マーク・レントンスコットランドに住むヘロイン中毒の青年である。どん底の暮らしから脱却するため、薬物断ちを試みるも失敗の連続。仲間たちとドラッグに溺れ、犯罪を繰り返す日々を過ごしていた。

 

 人生をやり直そうと思い直したレントンは、ロンドンへ移住し不動産屋に就職する。真っ当な生活を送り始めたものの、地元に残してきた仲間が原因でクビになってしまう。そんな彼らから、麻薬組織へ大量のヘロインを売却する仕事を持ちかけられる。

 

 麻薬組織との取引は成功に終わり、レントンは皆で一つのことを成し遂げた充足感を感じる。しかしその充足感もどこへやら、彼は仲間を裏切り、稼いだ金を一人で持ち逃げすることに。これを最後に足を洗って、今度こそ真っ当に生きることを心に決めたレントンの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 一見ハッピーエンドに見えなくもないが、それは違う。

 大金を得たって言っても、仲間を欺いて独り占めした金だし。人生を再スタートさせるぞったって、そもそも最初から主人公はその心持ちだった。つまりこの映画は、結局のところ結末と冒頭で何も変わってないのだ。レントンはまた必ず、堕ちた生活に戻ってくる。*1

 

 結末が冒頭と同じということは、逆に言えば冒頭から結末を予測できるということでもある。これは実際そうで、ダニー・ボイルは最初に映画のテーマを提示してくれている。トレインスポッティング』の冒頭を見てみよう。

「Choose a job. Choose a career.Choose a family. Choose a fucking big television.

――人生に何を求める? 出世、家族、大型テレビ、

 

  (中略)

 

 Choose your future. Choose life...

――自分の未来を選べ。人生を選ぶんだ。

 

 But why would I want to do a thing like that? I chose not to choose life.」

――だけど俺はごめんだね。俺は求めない人生を選んだ。何かほかのことを。

 

 「人生で何を選ぶ? 出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレイヤー…それが”豊かな人生”」だと言いつつも、「だが俺はごめんだ」とそれらを突っぱねてヘロインを打つシーンで物語が始まる。この映画の主要人物たちは、何か選択することを拒んでいて、今が良ければそれでいいという刹那的なスタンスで生きている。

 だからラストシーンのレントンを見ても、コイツはまた冒頭の彼に戻ってきただけで結局変わってないんだろうなって思ってしまう。今度こそ真っ当に生きると独白する彼は結局、ヘロインをやめようと思い立つ彼に戻っているだけである。

 

 しかしこの成長のしなさが逆にリアルに感じるのは私だけだろうか。性格が変わるほどの大きなドラマなんてそうそう起こらない。人生なんてそんなもんである。NHKにようこそ!』で柏先輩も「人はそう簡単に変われないから」って言ってたし。これ気になって全巻買って読み返したらそんなこと全く言ってなかった。そんなことある???

 

 他の作品についても同様のことが言える。『スラムドッグ$ミリオネア』では、冒頭に次のような問題がテロップで流れる。

 Jamal Malik is one question away from winning 20 million rupees. How did he do it?

――ジャマールが残り1問で最高賞金2000万ルピーを獲得できるまでになった理由は次のどれか?

 

  A. He cheated
  B. He's lucky
  C. He's a genius
  D. It is written

 

            D. It is written ――運命だったから

 

 で、まさしくこの通りの筋書きの本編が始まる。視聴後、Bの幸運だったから、じゃないんだな~~運命なんだよな~~~ってなるのがめっちゃ良い。

 この法則がわかれば『28日後...』のテーマが「HELLO」だってことも導き出せる。主人公は序盤この言葉しか喋らない。しかしこんなに親切に教えてくれる映画があっていいのか? 正直、頭の悪さと察しの悪さにおいては絶対の自信がある私にとって助かる限りである。ありがとうダニー・ボイル

 

ジャックがビートルズよりも望んだこと

 さて、『イエスタデイ』冒頭で主人公ジャックは何を歌っていた? そう「サマーソング」だ。

Sun's in the sky And nothing can go wrong

――空には太陽 何も心配なし


Kiss winter goodbye And sing this summer song

――冬にグッドバイ サマーソングを歌おう


Whoa whoa whoa I'm gonna sing this summer song

――俺はここで生きていく どこへも行かない


Whoa whoa whoa I'm gonna sing all summer long

――人生はずっと続く夏の日 夏中ずっと歌い続けよう

 

 『イエスタデイ』の舞台は「ビートルズの消えた世界」。仮にこの世界からあなたが敬愛する芸術作品が、その作者が消えたとして、そして己だけがそれを知っていたとして。一体どうするだろうか。自分が彼らに代わってその作品を広めたい、共有したいと思うだろうか?

 少なくともジャックはビートルズを世に復活させたい側の人間だった。だからか、私が視聴後最初に思ったのは「良いと思った作品はどんな手段をとってでも共有しろ! でないと消えてしまうんだぞ! ってことかな~~」だった。っていうか私がそういう考えを持つ人間だからこその感想なんだけど。しかし本旨は全く違う。

 

 先述の通りこの映画のテーマは、冒頭で歌われている「サマーソング」にある。だからジャックの想いは「俺はここで生きていく どこへも行かない」ことなのだ。自分や皆を騙しながらビートルズの伝道者として生きることではない。地元で好きな女性と好きな歌を歌って生きることを望む主人公、この等身大の人間らしさをダニー・ボイルは描きたかったのだろう。

 

『イエスタデイ』の背景にある大きなテーマ

 ところで、『トレインスポッティング』の舞台はスコットランド。登場人物は薬物や犯罪に浸かった若者たち。社会問題に切り込もうと思えばいくらでも切り込める設定だ。『スラムドッグ$ミリオネア』ではスラムの貧困問題や人身売買が背景にあるし、『28日後...』は……何だろう、感染症とか? まァゾンビ映画はあらゆるものがテーマになり得る。ゾンビは日常を映す鏡だから。

 だというのに、ダニー・ボイルはその背景にある大きなテーマを主題にはしない。とにかくひとりの、なんでもないリアルな人生を描くことに腐心しているように思える。だから主人公がどんな世界に住んでいるのか、その背景については話題の外だ。
よって『イエスタデイ』でも、作中一番の謎は解き明かされることなく終わる。なんでビートルズが消えたんだ?

 そんなん理由なんてないし、ただの舞台装置だって言っちゃえば確かにそれで終わりである。でも、そこらへん考えてないんじゃなくて、あえて描いていないだけだと私は信じている。だからこの謎も考えれば導き出せるはずだ。

 

 ビートルズが消えたことで、その影響を受けた別のバンド、オアシスも消えていた。であればビートルズが消えた理由も、彼らに影響を及ぼした何かが消えたせいなのではないか。もっと根本的な何かが消えた結果、連鎖的に他のあらゆるものが消えたに違いない。

 あの世界で他に消えていたもの、コカ・コーラ、タバコ……共通点は薬物では??? 思い出してほしいのだが、ジャックの友人である、ヤク中でアル中で失業中だったロッキーは停電後の世界でドラッグについて何の言及もしていない。当方はよく知らんのだけれども、ビートルズも薬物中毒だったらしいじゃないか。『イエスタデイ』でダニー・ボイルが舞台に選んだのは、薬物が消えた世界だったのだ!!!*2

 

 

 ……という考察を視聴後に友人と話したんだが、似たようなこと言ってる人がいないし眉唾かもしれない。そもそもなんで今更になって感想を書いたのかというと、

キテレツ大百科でキテレツの両親が別居し始めた回のエンディング

 

はじめてのチュウ Hey Jude,
don’t make it bad
涙が出ちゃう 男のくせに

という激オモロギャグを思いついたからであって。あと2022年になったし久しぶりにブログ更新するか~と思ったからで。今年の抱負は定期的に書いたり描いたり掻いたりすること。以上です。

*1:続編の『T2 トレインスポッティング』で20年後のレントンを見ることができる。お察しの通り成長していない。

*2:つまり、エド・シーランは薬物がなくても偉大なアーティストであるに違いないということだ。